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実録【大川小学校の悲劇】非情の激流児童の列襲う!教職員、最終判断を誤る <止まった刻 検証・大川小事故> 河北新報/東日本大震災で石巻市大川小は 児童・教職員計84人が 津波の犠牲となった!

実録【大川小学校の悲劇】

非情の激流児童の列襲う!

教職員、最終判断を誤る!

<止まった刻 検証・大川小事故>

河北新報/

東日本大震災で

石巻市大川小は

児童・教職員計84人が

津波の犠牲となった!




<止まった刻 検証・大川小事故>第5部 漆黒(1)非情の激流 児童の列襲う | 河北新報オンラインニュース(記事は下記に)


<止まった刻 検証・大川小事故>教職員 最終判断を誤る | 河北新報オンラインニュース (記事は下記に)


<止まった刻 検証・大川小事故>第5部 漆黒(2完)凍える一夜 悪夢か現実か | 河北新報オンラインニュース(記事は下記に)


<止まった刻 検証・大川小事故>上に、上に水中でもがく | 河北新報オンラインニュース(記事は下記に)

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<止まった刻 検証・大川小事故>第5部 漆黒(1)非情の激流 児童の列襲う | 河北新報オンラインニュース


<止まった刻 検証・大川小事故>第5部 漆黒(1)非情の激流 児童の列襲う

河北新報ONLINE


津波襲来から約2時間後の大川小。2階建ての校舎は水没し、体育館は流失した=2011年3月11日午後5時35分ごろ(石巻市提供)

 土煙が上がり、山鳴りのような音が響いた。
 石巻市大川小の教職員と児童が校庭から徒歩で移動を始めて約1~2分。3月11日午後3時30分を過ぎていた。
 当時5年の只野哲也さん(18)=高校3年=は、民家に挟まれた細い路地の先頭付近を走っていた。前にいた1年と6年の担任教諭2人をいつの間にか追い越していた。
 目指す北上川の堤防道路(三角地帯、標高6~7メートル)に通じる県道はすぐ目の前。校庭から移動した距離はわずか180メートルほどだった。

 突風が吹く。前方に見えた黒い水が最初は何なのか分からなかった。すさまじい勢いで迫ってくる。
 津波だ-。
 釜谷地区に立ち並ぶ民家を次々に破壊し、猛威を振るう。コバルトブルーの海や、なぎさに砕ける白波とは違う。大量の土砂や岩、木々、家々の残骸などあらゆる物体が交じる黒い塊だ。
 「逃げなきゃ」
 振り返った只野さんは、今来た路地を全力で駆け戻った。付近にいた高学年の児童がほぼ同時に反転する。幅1メートルほどの道に数十人が密集し、衝突は避けられない。
 列の後方にいた低学年の児童は、大慌てで戻ってくる上級生の姿に戸惑っていた。腰を抜かし、立ち上がれない子もいた。
 誰かを助ける余裕はなかった。「助かりたい」。只野さんは必死だった。
 「津波だ」「やべえって」
 言葉にしようとしたが、声にならなかった。足音が消えた。飛行機が耳元を通過しているかのようなごう音に包まれ、振動で恐怖が増殖する。
 「山だ、山に逃げろ!」
 男性教務主任(56)が叫んだ。列の最後尾から走ってきたとみられる。
 助かった男子児童の1人は教務主任の声を聞いて逃げ、山に登ろうと2、3歩足を出した瞬間に津波にのまれた。震災後、同級生にそう話している。
 濁流が勢いを増す。子どもたちが「ボンッ」と水の圧力で跳ねられていく。
 只野さんは真っすぐ斜面を駆け上がった。木々がうっそうと茂り、傾斜がきつい。ほとんど壁だ。雪で足を取られ、地面に指を突っ込む。3~4メートル登り、左を振り向いた。校庭にまだ津波は来ていない。「助かる」。視線を戻した瞬間、全身を強く圧迫された。
 一瞬、気を失った。黒い水が運んだ土砂に体が埋まった。気が付いたのは高さ10メートルほどの斜面。登ろうとした場所から10メートル以上流され、上方に5メートル以上押し上げられていた。
 同級生の男子児童は偶然流れてきた冷蔵庫を舟の代わりにして助かった。只野さんを見つけ、右手で枝をつかみながら骨折した左手で掘り起こした。

 2人で少し上がった。見渡す限り濁流が覆い尽くしていた。小学校と診療所だけを残し、生まれ育った町が消えていく。
 午後3時36分40秒。
 学校で見つかった3台の時計のうち、最初の針が止まった。電気系統が水没した時刻とみられる。他の2台は37分46秒と38分53秒で停止した。
 河口から学校までの距離は約3.7キロ。河川堤防を越えた津波と陸上を遡(そ)上(じょう)してきた津波が、ほぼ同時に大川小を襲ったとみられる。海岸到達から10分前後だった。
 当時、学校にいて生還したのは児童4人と教務主任のわずか5人。全校児童108人中、74人と教職員10人の未来が失われた。
      ◇     
 登校から下校までを学校管理下と言う。「行ってきます」から「ただいま」を言うまでの間だ。東日本大震災まで、学校は最も安全な場所だと信じられていた。第5部は大川小に巨大津波が襲来した瞬間と生還者が過ごした一夜を描く。(大川小事故取材班)

[大川小の津波事故]2011年3月11日午後2時46分、宮城県沖で起きたマグニチュード(M)9.0の東北地方太平洋沖地震による津波で、宮城県石巻市大川小(児童108人)の児童70人が死亡し、4人が今も行方不明。学校にいた教職員11人のうち、男性教務主任を除く10人も犠牲となった。当時校長は休暇で不在。学校は海抜1.1メートルで北上川河口から約3.7キロ離れ、市の津波ハザードマップで浸水予想区域外だった。地震発生から約50分後に第1波が到達し、最高水位は高さ約8.7メートルに達した。学校管理下で戦後最悪の事故とされる。

2018年03月06日火曜日


<止まった刻 検証・大川小事故>教職員 最終判断を誤る | 河北新報オンラインニュース


<止まった刻 検証・大川小事故>


判決が「避難させるべきだった」とした裏山。津波到達地点を示す看板までの距離は150メートル弱で、緩やかな傾斜が続く=石巻市釜谷

 石巻市大川小を巡る訴訟で、仙台地裁は2016年10月、津波襲来直前の学校の判断が誤りだとして、被告の市と宮城県に損害賠償を命じる判決を下した。司法が津波を予見できたと認めた「襲来7分前」に何があったのか。3月11日の事実関係を基に教職員の行動と過失を検討する。

◎「津波襲来7分前」地裁判決から読み解く

 地裁が最も重視したのは、遅くとも午後3時30分ごろまでに市河北総合支所の広報車が大川小前の県道を通過し、津波の襲来と高台避難を呼び掛けた事実だ。
 沿岸の松林を抜ける津波を目撃した支所職員は、学校から直線距離で約150メートル先にある北上川の堤防道路(三角地帯、標高6~7メートル)に車を止め、その後も拡声器で避難を呼び掛け続けた。

 支所職員だった山田英一さん(63)は「大声を出せ」と同僚に指示。法廷で「広報した内容は学校に伝わっていると思った」と証言した。男性教務主任(56)が保護者に宛てたファクスには「津波が来るという声がどこから(か)聞こえてきました」と記されており、学校の認識を決定づけるとともに原告勝訴の支えとなった。
 地裁判決は刻々と増す「危険の現実味」に着目した。ラジオは石巻市沿岸を含む各地を襲う津波の状況を繰り返し伝え、「学校は過去より格段に大きい規模だと分かっていた」と指摘。広報車が呼び掛けた時点をもって「児童の命に現実の危険が迫っていると認識した」と判断した。
 教職員は児童を約40分間校庭に待機させたが、ハザードマップで津波襲来が想定外だったことなどを理由に、午後3時30分より前の行動は妥当とした。
 学校の時計3台は午後3時36、37、38分でそれぞれ止まっていた。地裁は平均を採り、「37分」に津波が襲来したと認定。教職員と児童は午後3時35分までに三角地帯へ歩いて移動を始め、途中で津波に襲われた。
 判決は「7分間の時間的余裕があった。大規模な津波襲来を認識したにもかかわらず、次の逃げ場がない三角地帯に向かった」として、最終局面の判断を教職員の過失とした。
 大川小には小走りで1分程度の所に裏山があり、児童たちは学習で何度も上っていた。現地視察した裁判官3人は実際に斜面を上り、「避難場所として支障はなかった」と結論づけた。

 被告側は、裏山は震災当日、降雪で滑りやすく、余震で崩壊する恐れもあったと主張した。地裁は「多少の混乱をいとわずに児童らをせかし、小走りで移動させてでも早期避難を最優先にすべきだった」と指摘。児童の命を最優先にする姿勢を強調し、教職員に最善の判断と行動を求めた。
 校庭には区長や民生委員、高齢者も避難し、避難場所を教頭と協議していたとされる。判決は「教員は児童の安全を最優先に考え、自らの判断で避難を決断すべきだった」とした。
 教職員は地震発生直後から「裏山」を選択肢に挙げつつ、避難先に選ぶことはなかった。(1)なぜ行動が遅れたのか(2)最終的に誰がどのように移動先を決めたのか-など、今も未解明の部分は多い。
 仙台高裁は4月26日に控訴審判決を言い渡す。市教委や学校の組織的責任が焦点。審理対象は「備え」に絞られ、地震発生後の事実認定は踏襲される見通し。

2018年03月06日火曜日


<止まった刻 検証・大川小事故>第5部 漆黒(2完)凍える一夜 悪夢か現実か | 河北新報オンラインニュース

<止まった刻 検証・大川小事故>第5部 漆黒(2完)凍える一夜 悪夢か現実か


裏山の竹やぶで震災当日の夜について語る只野さん。7年たつ今も周辺にはたき火の跡が残っている=1月20日、石巻市釜谷

 「助けて、助けて」。石巻市大川小がある釜谷地区の女性(74)は消え入るような声を聞き、裏山の斜面で頭を抱えていた。3月11日の津波にのまれ、一命を取り留めたが、濁流が行く手を阻んでいた。
 2~3メートル先の木に1年の女子児童がつかまり、激流に耐えていた。「つかまれ」。同じ釜谷の高橋和夫さん(70)が胸まで水に漬かり、小さな手を引き寄せた。高橋さんも間一髪助かったばかりだった。

 当時5年の只野哲也さん(18)=高校3年=は、少し離れた裏山の斜面から海と化した北上川一帯をぼうぜんと眺めていた。わずかな時間、夕日が差し、北上川を照らした。只野さんは「三途(さんず)の川みたいだ」と思った。
 「誰かいるか」。市河北総合支所の職員が、只野さんと同級生の男子児童を見つけた。堤防道路(三角地帯)側でぎりぎり助かった後、周囲を捜索していた。
 支所職員が裏山で生存を確認したのは高橋さんら計16人で、小学生は只野さんら3人。男性教務主任(56)と当時3年の男子児童とは会わなかったという。うめき声を上げていた60代の男性は、夜明け前に息を引き取った。
 水が引く気配はなかった。一行は竹やぶの斜面で比較的平たんな場所を探し、たき火を始めた。支所職員が持っていた使い捨てライターが役に立った。スギの葉や古倒木、枯れた竹などを燃やした。
 山中で見つけたブルーシートで囲いを作り、降雪と風をしのいだ。ほぼ全員ずぶぬれだった。塩気を含む服は乾きが悪かった。
 この夜の最低気温はマイナス1.4度。一晩中、毎秒5~7メートルの風が吹いていた。凍った枝がパキパキと音を立てる。只野さんの歯はミシンのようにガガガガと鳴った。
 偶然、ビニールに包まれた布団が流れてきた。「少しでも暖を取った方がいい」と促され、児童らが交代でくるまった。
 レジ袋に入った菓子も流れ着いた。津波襲来前、民生委員の50代女性が「子どもら、おなか空いてると思うから」と校庭に持ってきたものとみられる。ミカンやパンも漂着した。
 子どもたちは泣きながら食べた。渇いた喉を雪で潤す。頭からパラパラと砂が落ちてきた。

 津波は約1時間おきに真夜中まで押し寄せた。当時の支所職員及川利信さん(64)が記憶する。その度に海鳴りが聞こえ、車などの鉄くずがガチャガチャと音を立てた。
 午後7時ごろに押し寄せた津波は、たき火近くまで迫った。一行はさらに上へ移動し、野宿を再開した。
 只野さんがかぶっていた通学用のヘルメットは、ひびが入っていた。津波に襲われ、割れたとみられる。地震発生後に校庭を訪れ、いったん自宅に戻ろうとした母しろえさん=当時(41)=を心配し、渡そうとしたものだ。
 「危ないから、かぶってなさい」。母の一言が只野さんを救った。この時の短いやりとりが母と子の最後の会話になった。
 只野さんは竹やぶの斜面に寝転がり、ササの切れ間に広がる夜空を眺めていた。星は見えなかった。下の光景は見たくなかった。
 「みんな死んじゃったの?」。漆黒の闇の中、寂しさと不安が募る。けがで充血した目が痛む。洗う水もない。
 大人たちが「寝ると死ぬぞ」と注意したが、子どもたちは深い眠りに就いた。
 「これは悪夢か。現実なのか」。たき火に枝や葉をくべながら、及川さんは一晩中考えていた。

2018年03月07日水曜日


<止まった刻 検証・大川小事故>上に、上に水中でもがく | 河北新報オンラインニュース


<止まった刻 検証・大川小事故>上に、上に水中でもがく


裏山から望む大川小。男性はコンクリートたたきを歩き、他の避難者と裏山で一夜を明かした=石巻市釜谷

 東日本大震災で石巻市大川小は児童・教職員計84人が津波の犠牲となったが、周辺ではかろうじて助かった地域住民もいる。当時大川中1年だった男性(20)は大川小の裏山に避難する途中で大津波にのまれながら、奇跡的に一命を取り留めた。震災7年を前に当時の生々しい体験を語った。

◎裏山で一命取り留める 当時中学1年の男性の証言

 3月11日は中学校の卒業式で、学校は午前中で終わった。午後から大川小がある釜谷地区の友人宅2階でゲームで遊んでいた。
 午後2時46分、突然、激しい揺れに見舞われた。揺れが収まってから県道に出ると、電柱が折れそうな勢いで揺れていた。
 隣家の塀は崩れ落ち、原形をとどめていなかった。「何が起きたの」。近所の人が顔を見合わせていた。
 近くにある自宅に帰ると、食器棚が倒れ、部屋は物が散乱していた。余震が続き、いったん収まってはまた大きく揺れた。

 「津波が来る、逃げろ!」
 地震発生から約40分が過ぎた頃、一緒にいた父が発した。避難する住民の車が猛スピードで自宅前を通過していった。
 自宅から最も近い高台が大川小の裏山だった。小学校時代、シイタケ栽培の学習で利用し、虫捕りをした場所だ。
 裏山を目指し、駆け出した。両親は高齢の祖父に付き添い、やや後方を追い掛けてきた。田んぼ道と公園を通り、最短経路で向かった。
 裏山まで約20メートル手前で急に体が持ち上げられた。まぶたの隙間から真っ黒い液体が見えた。
 「これが津波か」
 気付いた時には全身が水の中だった。背丈を優に越える津波が押し寄せたようだ。
 上に、上にと、水中で40秒はもがいたか。斜面に打ち付けられ、首から上が水面に出た。塩辛く、泥のようなざらついた感じが舌に残る。津波を飲んでいた。
 がれきがぶつかった頭と腕が痛む。目がひりひりしたが、そっと開けた。濁流が視界を埋め尽くし、家族は見つけられなかった。

 震災の1年前、大川小を卒業した。全校児童は約100人。休日は校庭でエアガン戦争に興じ、所属する野球チームの部室に石を投げ、窓ガラスを割ってしまったこともある。やんちゃで楽しい思い出ばかりだ。
 震災当時、6年担任だった男性教諭=当時(37)=は5年の時の担任だ。ちょっと説教が長いが、悪いことをしたらしっかり叱ってくれる先生だった。スポーツのクラブ活動で仲良くなり、熱血で好きだった。
 小学校時代、避難訓練はいつも校庭まで。津波について学んだ記憶はない。誰も津波が来るとは思わず、とりあえず校庭に逃げれば大丈夫と考えていたのだと思う。
 教職員や児童が最後に向かった場所は、北上川近くの堤防道路(三角地帯)だったと聞いた。児童全員を連れて行くには、裏山は危険だと考えたのだろうか。

2018年03月07日水曜日


<震災7年>大川小背負い生きる 只野哲也さん 柔らの道が心の支え | 河北新報オンラインニュース

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止まった刻~検証・大川小事故 | 河北新報オンラインニュース / ONLINE NEWS


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サンドウィッチマンが震災風化に「震災5年で一区切り」にしたのがよくなかった!安倍政権も節目を超えたと被災地切り捨て!政権にとって「お荷物」となった震災や原発事故の被災者たちを5年で一区切りと切り捨てた - みんなが知るべき情報/今日の物語




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[ 2018年03月14日 23:58 ] カテゴリ:東日本大震災 | TB(0) | CM(0)

サンドウィッチマンが震災風化に「震災5年で一区切り」にしたのがよくなかった!安倍政権も節目を超えたと被災地切り捨て!政権にとって「お荷物」となった震災や原発事故の被災者たちを、たった5年で一区切りとすることで切り捨てた!

サンドウィッチマンが

震災風化に

「震災5年で一区切り」

にしたのがよくなかった!

安倍政権も節目を超えたと

被災地切り捨て!

政権にとって「お荷物」と

なった震災や原発事故の

被災者たちを、

たった5年で一区切りと

することで切り捨てた!



サンドウィッチマンが震災風化に「震災5年で一区切りにしたのがよくなかった」…安倍政権も節目を超えたと被災地切り捨て  赤かぶ(記事は下記に)




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サンドウィッチマンが震災風化に「震災5年で一区切りにしたのがよくなかった」...安倍政権も節目を超えたと被災地切り捨て - ライブドアニュース


サンドウィッチマンが震災風化に「震災5年で一区切りにしたのがよくなかった」...安倍政権も節目を超えたと被災地切り捨て

2018年3月11日 15時0分

LITERA(リテラ)

 2011年の東日本大震災から7年。この国はもはや震災が起きたことを忘れてしまったかのようだ。いまも7万人を超える人たちが避難生活を強いられているのに、政府は復興よりも東京五輪の工事を優先し、被災者を完全に置き去りにしている。

 それはマスコミも同様だ。被災地の現状を伝える報道は年々減少し、毎年、3.11前後に放送される震災特番も、昨年くらいからは極端に少なくなっている。

 震災の風化。そんな状況に危惧を表明したのが、お笑いコンビ・サンドウィッチマンの伊達みきおと富澤たけしだ。2人は河北新報(3月9日付)のインタビューに登場、その思いを語っている。

 サンドウィッチマンは仙台市出身で、震災当日にも気仙沼市でテレビ番組のロケ中に被災、実際に街を飲み込む津波や火災を目撃した。また、この震災で多くの友人や知人を亡くしている。決して他人事ではなかったのだろう。震災直後から"生き残った者"として、被災地を訪れ、義援金を呼びかけるなど被災地支援を行っており、地元メディアに積極的に出演。東北各地の観光大使なども数多く務めるなど、現在でも本気の復興支援を続けていることは有名だ。

 そんな2人は河北新報のインタビューで、復興支援を続けている理由についてこう語っている。

〈伊達 地元があんな被害を受けて、たまたま海沿いで被災して、身内や友達を何人も亡くすという経験をしてしまった。あのときあそこにいた人間として何かしたい。だから、こうして取材を受けるときにちゃんと被災地の現状を話せるようにしたいし、東北を紹介して人を呼びたいんです〉

 そして伊達は、被災地の風化についてこんな指摘をしたのだ。

〈メディアのせいもあるけど、震災5年のときに世間が一区切りっていう雰囲気をつくっちゃった。でも地元の人で区切りたいと思っている人は誰もいなかった。あれはすごくよくないことだったと思いますね〉

 たしかに伊達の言うように、「5年で一区切り」というムードが"震災の風化"に拍車をかけたのは事実だ。前述したように、メディアも6年目から極端に報道量が減った。

 しかしその"区切り"は自然発生的なものではなく、意図的につくりだされたものだ。

 昨年2017年3月10日、東日本大震災6年を目前にして、政府は野田佳彦首相時代から続けられてきた毎年3月11日に開く首相記者会見を、政府がとりやめると発表した。その理由は、こうだ。

「一定の節目を越えた」

 これに対し、官房長官会見で記者から「記者会見を行わないことで、復興に対する政府の姿勢が後退したと受け止められないか」との疑問も呈されたが、しかし菅義偉官房長官は「それはまったくない」とそっけなく答えただけだった。そしてこの年、実際に安倍首相の会見は開かれることはなかった。

 だいたい「一定の節目を超えた」という言葉が出ることじたい、現実を直視しない、被災地と被災者切り捨てに他ならない。2017年は未だ12万人を超える人が避難生活を送り、約3万4000人が仮設住宅で生活していた時期だ。さらに被災地では人手不足に加え、東京五輪関連の建設ラッシュのせいで工事費が高騰し被災地での公共工事の入札不調が相次ぐなど、五輪優先で復興の遅れが指摘されてもいた。そして福島第一原発事故で、撒き散らされた放射能の除染も進まないなか、その危険性を無視し、徐々に避難指示を解除した時期とも重なる。

 つまり、政権にとって"お荷物"となった震災や原発事故の被災者たちを、たった5年で一区切りとすることで、切り捨てた。震災の風化などと言うが、それは政権が推し進めた、あまりに身勝手な自己都合の産物なのだ。

 それは最近の安倍首相の言動にも如実に表れている。

 サンドウィッチマンのインタビューが掲載された翌10日、同じく河北新報に安倍首相のインタビューが掲載された。 

 そこで安倍首相は「(現在は)復興の総仕上げ」などと、あたかも復興が終盤戦を迎えたような印象操作、現在でも避難を余儀なくされている7万を超える被災者の現状を無視したかのような発言を行い、原発事故の廃炉も「東京電力が最後まで責任を持って判断すべきだ」と責任転嫁までしたのだ。

 だが、それも当然なのかもしれない。いまから4年半前の13年9月、安倍首相は東京五輪招致のIOC総会で「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御(=アンダーコントロール)されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」といわゆる"アンダーコントロール"発言を笑みをたたえながら平然と行っていたからだ。

 東京五輪の成功のお荷物は、未だ"区切り"をつけようとしない被災地と被災者。震災の影響などあるはずがないし、原発事故にしても同じ。──そんな安倍首相の本心が透けて見えるようだが、未曾有の大震災の傷跡や家族や親しい人を失ってしまった人びとの心に対する共感性のかけらもないのが日本のトップ、安倍首相の本性なのだ。

 きょう11日、昨年に続き安倍首相の震災会見はおそらく開かれない公算が高いだろう。被災地を軽視する安倍政権には、改めて、震災風化を危惧するサンド伊達の言葉を突きつけたい。

〈地元の人で区切りたいと思っている人は誰もいなかった。あれはすごくよくないことだったと思いますね〉(編集部)

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[ 2018年03月11日 15:35 ] カテゴリ:東日本大震災 | TB(0) | CM(0)

津波『高台へ』大川小学校の悲劇は裏山に逃げれば犠牲はなった!南三陸女性職員は『高台へ』と防災無線で住民を救った!大川小学校は授業で裏山に登っていたが…先生達は!南三陸女性職員は津波の最中アナウンスを続けた!

津波『高台へ』

大川小学校の悲劇は

裏山に逃げれば犠牲はなった!

南三陸女性職員は『高台へ』と

防災無線で住民を救った!

大川小学校は授業で

裏山に登っていたが、先生達は!

南三陸女性職員は津波の

最中アナウンスを続けた!

大津波警報が発令されました

『高台に避難してください』

防災無線の呼び掛けが、

多くの命を救った!





防災庁舎 遠藤未希さんの悲劇・南三陸町/住民救った 「高台に避難してください」(記事は下記に)

東日本大震災【悲劇の大川小学校】ここにいたら死ぬよ〈児童の訴えに〉先生たちは…津波で児童74名犠牲!もし先生がいなかったら児童は死ぬことはなかった!遺族が宮城県、石巻市を提訴…市、県が控訴!ここでも学校、教育委員会、 行政の隠蔽体質! 画像で、ニュースeveryより 2014・3・10… - みんなが知るべき情報/今日の物語












「大川小学校の悲劇」教師で唯一生き残った教諭の説明が真っ赤な嘘!津波で児童74名犠牲「東日本大震災」子どもの命より先生、教育委員会の名誉が大事!休暇で難を逃れた校長も捜索活動には加わらず、校内で金庫などの貴重品を必死に探していたという!学校で亡くなった児童のほとんどが大川小学校!児童は41分間校庭で待たされ、裏山に逃げず!  - みんなが知るべき情報/今日の物語




大川小学校の悲劇!控訴審、津波がくる認識あった!石巻市教委元幹部ら証言!大雨や台風、津波で川が氾濫することは想定していた!危機管理マニュアル【内容確認せず】 - みんなが知るべき情報/今日の物語




石巻市、宮城県が控訴【悲劇の大川小学校】子どもの命より先生の名誉が大事!先生、裏山に逃げようと生徒は言った、しかし先生達は「子ども返して…」すすり泣きと怒号!





なぜ子供たちは避難できなかったのか? 大川小学校より - YouTube

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防災庁舎 遠藤未希さんの悲劇・南三陸町/住民救った「高台に避難してください」


 宮城県南三陸町の防災対策庁舎から防災無線で町民に避難を呼び掛け続け、津波の犠牲になった町職員遠藤未希さん=当時(24)=の悲劇報道については当サイト:防災対策庁舎の悲劇のページにも掲載したが、2012年1月、遠藤未希さんの「天使の声」が埼玉県の公立高校の教材に載ることが報道されたので、遠藤未希さんに関する記事をこのページにまとめた。

 志津川中学校への坂から見た防災対策調庁舎(さらに海側に公立志津川病院)【9月3日撮影】



 遠藤未希さん(24)に関する記事は、河北新報社がこれまでに5度報じており、そのうちの4編を以下に紹介する。

住民救った 「高台に避難してください」    <4月12日 河北新報>




  防災無線 声の主 姿なく

 「大津波警報が発令されました。高台に避難してください」
 防災無線の呼び掛けが、多くの命を救った。だが、声の主の行方は震災から1カ月たった今も知れない。
 3月11日午後2時46分、宮城県南三陸町の防災対策庁舎2階にある危機管理課。町職員遠藤未希さん(24)は放送室に駆け込み、防災無線のマイクを握った。
 「6メートルの津波が予想されます」「異常な潮の引き方です」「逃げてください」
 防災無線が30分も続いたころ、津波は庁舎に迫りつつあった。「もう駄目だ。避難しよう」。上司の指示で遠藤さんたちは、一斉に席を離れた。
 同僚は、遠藤さんが放送室から飛び出す姿を見ている。屋上へ逃げたはずだった。が、津波の後、屋上で生存が確認された10人の中に遠藤さんはいなかった。
 南三陸町の住民約1万7700人のうち、半数近くが避難して命拾いした。遠藤さんは、多くの同僚とともに果たすべき職責を全うした。
 遠藤さんは1986年、南三陸町の公立志津川病院で産声を上げた。待望の第1子に父清喜さん(56)と母美恵子さん(53)は「未来に希望を持って生きてほしい」との願いを込め「未希」と命名した。
 志津川高を卒業後、仙台市内の介護専門学校に入学。介護の仕事を志したが、地元での就職を望む両親の思いをくみ、町役場に就職した。同僚は「明るい性格。仕事は手際よくこなしていた」と言う。
 2010年7月17日、専門学校で知り合った男性(24)と、町役場に婚姻届を出した。職場仲間にも祝福され、2人は笑顔で記念写真に納まった。
 両親は当初、2人姉妹の長女が嫁ぐことに反対だった。「どうしてもこの人と結婚したい」。男性が婿養子になると申し出て、ようやく両親も折れた。ことし9月10日には、宮城県松島町のホテルで結婚式を挙げる予定だった。
 美恵子さんは「素直で我慢強い未希が人生で唯一、反抗したのが結婚の時。それだけ、良い相手と巡り合えたのは幸せだったと思う」と語る。
 遠藤さんの声は、住民の記憶に刻まれている。
 山内猛行さん(73)は防災無線を聞き、急いで高台に逃げた。「ただ事ではないと思った。一人でも多くの命を助けたいという一心で、呼び掛けてくれたんだろう」と感謝する。
 娘との再会を果たせずにいる清喜さんは、無念さを押し殺しながら、つぶやいた。  「本当にご苦労さま。ありがとう」
  ◇◇◇
 震災後の対応に忙殺され、市町村職員の死者・行方不明者数はいまだに実態が把握されていない。

 二つ目は5月2日、上の記事で紹介された遠藤未希さんの遺体が発見された記事だ

最後まで避難呼び掛け 不明の職員遺体発見  <5月2日 河北新報>

 東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の職員で、最後まで防災無線で町民に避難を呼び掛け、行方不明になっていた遠藤未希さん(24)とみられる遺体が志津川湾で見つかった。
 父清喜さん(56)や母美恵子さん(53)らによると、遺体は4月23日、志津川湾に浮かぶ荒島の北東約700メートルの地点で捜索隊が発見した。
 両親や昨年7月に結婚した夫(24)が遺体を写真で確認し、左足首に巻かれているオレンジ色のミサンガや、右肩付近のあざなどの特徴が遠藤さんと一致したという。ミサンガは夫からのプレゼントだった。
 家族は死亡診断書が届き、遺体が遠藤さん本人と確定し次第、遺体を火葬し、葬儀を営む予定。
 遠藤さんの実家も津波で被害を受けた。両親は避難所で暮らしながら、手掛かりを求めてがれきの街を捜し回り、遺体安置所の町総合体育館に通い続けた。
 美恵子さんは3月下旬、遠藤さんが水中で亡くなっている夢を見た。「未希が『早く捜してほしい』と、助けを求めていると思った。亡くなったことはつらいが、遺体が見つかり、家に迎え入れることができるだけでもよかった」と言う。
 清喜さんは「家に帰って来てくれれば、いくらかでも気持ちは違うと思う。今も行方不明の方々がいることを考え、葬儀はしめやかに行いたい」と話した。
 遠藤さんは3月11日午後2時46分から約30分間、防災対策庁舎2階にある放送室から防災無線で「高台に避難してください」「異常な潮の引き方です。逃げてください」などと呼び掛け続けた。津波が庁舎に迫ったため放送室を出た後、行方が分からなくなっていた。

                               
 三つ目は、9月に結婚式を控えていた遠藤未希さん(24)にささげる歌が披露されるという記事で、6月10日の紙面に掲載された

挙式控え犠牲、防災無線の職員追悼    <6月10日 河北新報>



 天国へウェディングソング

 防災無線で住民に避難を呼び掛け続け、津波の犠牲になった宮城県南三陸町職員遠藤未希さん(24)にささげる歌が震災発生から3カ月となる11日、同町で披露される。9月に結婚式を控えていた遠藤さんの思いが伝わるようなバラード。自ら作詞した東京都の歌手水戸真奈美さん(28)=宮城県柴田町出身=は「勇気ある行動をした未希さんのことを忘れてほしくない。被災地の復興も願い、歌う」と誓う。

 宮城県柴田町出身の歌手 あす披露

 ◇花嫁の思いを紡ぐ◇

 曲名は「WEDDING ROAD」。作詞した時点で、水戸さんは震災の犠牲となった遠藤さんのことを知らず、遠藤さんを意識して作ったわけではなかったという。
 しかし、5月に南三陸町を訪ねた際、遠藤さんの両親の知人から「歌で慰めてほしい人がいる」と頼まれ、遠藤さんの実家に案内された。
 父清喜さん(56)、母美恵子さん(53)らと会い、専門学校で知り合った男性(24)と挙式予定だったことなどを知った。
 「WEDDING ROAD」の歌詞が、まるで遠藤さんの言葉のように思えてきた。手話を熱心に学ぶなど自分との共通点も見いだした。
 水戸さんはその場で、遠藤さんの遺影を見つめて歌った。「磁石のようにひかれ合った二人の未来 手を離さないようにこれからも握り続ける」
 「たくさんの愛で育ててくれたね 二人の娘であること感謝します…ありがとう」。歌詞に込めた気持ちを伝えるため、手話を交えた。遠藤さんの両親や親類は静かに聞き入っていた。
 水戸さんは「遺影の前で歌い終え、『遠藤さんのための曲だったんだ』と不思議な運命を感じた。本人になったつもりで、両親に歌をささげた」と振り返る。
 歌は11日午後7時から、南三陸町のホテルで披露される。

 遺族、悲しみ癒えぬまま「庁舎見るのつらい」

 震災からほぼ3カ月がたった今も、遠藤さんの両親の悲しみは癒えない。町内の仮設住宅の抽選に当選したが、入居を辞退した。住宅からは、遠藤さんが最後まで避難を呼び掛けていた防災対策庁舎が見えるからだ。
 母美恵子さんが、遠藤さんと最後に会った記憶にも庁舎が映る。大震災前日の3月10日、庁舎近くで石巻市内から通っていた遠藤さんに会い、2時間ほど会話をした後、「明日(11日)は実家に泊まるから」と言われ、楽しみにしていた。「庁舎を見るのはつらく、仮設住宅には住めない」と美恵子さん。
 全国から寄せられる称賛や追悼の声。両親は「多くの人が未希を思ってくれるのはありがたい」と語る半面、「そっとしてほしいという思いもある」と打ち明ける。
                               
埼玉県が県内の公立小中学校約1250校の道徳の教材として遠藤未希さんの「人への思いやりや社会へ貢献する心」を伝えることになったことが26日に分かり、河北新報社は27日の朝刊で伝えた。
「天使の声」と題した教材を紹介する記事は、遠藤さんのこれまでの貢献の様子とともにあの大地震直後からの献身的な行動と悲劇までの一部始終が綴られており、目頭が熱くなる。

南三陸町職員の遠藤さんが教材に    <1月27日 河北新報>




避難呼び掛け犠牲 遠藤さんが教材に

 宮城県南三陸町の防災対策庁舎から防災無線で町民に避難を呼び掛け続け、津波の犠牲になった町職員遠藤未希さん=当時(24)=が埼玉県の公立学校で4月から使われる道徳の教材に載ることが26日、分かった。
 埼玉県教育局によると、教材は東日本大震災を受けて同県が独自に作成。公立の小中高約1250校で使われる。

 遠藤さんを紹介する文章は「天使の声」というタイトル。遠藤さんが上司の男性と一緒に「早く、早く、早く高台に逃げてください」などと必死で叫び続ける様子が描かれ、「あの時の女性の声で無我夢中で高台に逃げた」と語る町民の声を紹介している。
 教材ではほかにも、埼玉県深谷市出身で津波に流される車から市民を救出した釜石市の男性職員の話などが掲載される予定。

 「思いやり伝えたい」

 同教育局生徒指導課の浅見哲也指導主事は「遠藤さんの使命感や責任感には素晴らしいものがある。人への思いやりや社会へ貢献する心を伝えたい」としている。

 遠藤さんの父清喜さん(57)は「娘が生きた証しになる」と話し、母美恵子さん(53)は「娘は自分より人のことを考える子だった。子どもたちにも思いやりの心や命の大切さが伝わればいい」と涙を流した。

 遠藤さんが防災無線で避難を呼び掛け続けた南三陸町の防災対策庁舎では、遠藤さんを含む町職員ら39人が犠牲となった。

 「天使の声」 教材の要旨

 遠藤未希さんを紹介した教材の要旨は次の通り。

 ◇天使の声◇

 誰にも気さくに接し、職場の仲間からは「未希さん」と慕われていた遠藤未希さん。その名には、未来に希望をもって生きてほしいと親の願いが込められていた。
 未希さんは、地元で就職を望む両親の思いをくみ、4年前に今の職場に就いた。(昨年)9月には結婚式を挙げる予定であった。

 突然、ドドーンという地響きとともに庁舎の天井が右に左に大きく揺れ始め、棚の書類が一斉に落ちた。 
 「地震だ!」  誰もが飛ばされまいと必死に机にしがみついた。かつて誰も経験したことのない強い揺れであった。未希さんは、「すぐ放送を」と思った。
 はやる気持ちを抑え、未希さんは2階にある放送室に駆け込んだ。防災対策庁舎の危機管理課で防災無線を担当していた。  「大津波警報が発令されました。町民の皆さんは早く、早く高台に避難してください」。未希さんは、同僚の三浦さんと交代しながら祈る思いで放送をし続けた。

 地震が発生して20分、すでに屋上には30人ほどの職員が上がっていた。すると突然かん高い声がした。
 「潮が引き始めたぞぉー」 
 午後3時15分、屋上から「津波が来たぞぉー」という叫び声が聞こえた。未希さんは両手でマイクを握りしめて立ち上がった。そして、必死の思いで言い続けた。「大きい津波がきています。早く、早く、早く高台に逃げてください。早く高台に逃げてください」。重なり合う2人の声が絶叫の声と変わっていた。  津波はみるみるうちに黒くその姿を変え、グウォーンと不気味な音を立てながら、すさまじい勢いで防潮水門を軽々超えてきた。容赦なく町をのみ込んでいく。信じられない光景であった。
 未希さんをはじめ、職員は一斉に席を立ち、屋上に続く外階段を駆け上がった。その時、「きたぞぉー、絶対に手を離すな」という野太い声が聞こえてきた。津波は、庁舎の屋上をも一気に襲いかかってきた。それは一瞬の出来事であった。 

 「おーい、大丈夫かぁー」「あぁー、あー…」。力のない声が聞こえた。30人ほどいた職員の数は、わずか10人であった。しかしそこに未希さんの姿は消えていた。 

 それを伝え知った母親の美恵子さんは、いつ娘が帰ってきてもいいようにと未希さんの部屋を片づけ、待ち続けていた。

 未希さんの遺体が見つかったのは、それから43日目の4月23日のことであった。
 町民約1万7700人のうち、半数近くが避難して命拾いをした。

 5月4日、しめやかに葬儀が行われた。会場に駆けつけた町民は口々に「あの時の女性の声で無我夢中で高台に逃げた。あの放送がなければ今ごろは自分は生きていなかっただろう」と、涙を流しながら写真に手を合わせた。
 変わり果てた娘を前に両親は、無念さを押し殺しながら「生きていてほしかった。本当にご苦労様。ありがとう」とつぶやいた。  出棺の時、雨も降っていないのに、西の空にひとすじの虹が出た。未希さんの声は「天使の声」として町民の心に深く刻まれている。
 

“高台に逃げて” 命の呼びかけ 南三陸町一万の命を救った一人の女性 ‐ ニコニコ動画原宿 - YouTube
 

NAG@ (平坂長人): 「#3月11日 #あれから6年 今年は、 #売野雅勇 さんの作詞、 #MaxLux の「聖なる人」をリピートして聴いて、過ごしています。 この歌のおかげで、#遠藤未希 さんのことを知って、 また色んなことを考えた…。 #黙祷   https://t.co/mnfHInmWCJ https://t.co/MEvIM35R2Q」 午後8:54 · 2017年3月11日

 

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[ 2018年03月11日 12:16 ] カテゴリ:東日本大震災 | TB(0) | CM(0)

「大川小学校の悲劇」教師で唯一生き残った教諭の説明が真っ赤な嘘!津波で児童74名犠牲「東日本大震災」子どもの命より先生、教育委員会の名誉が大事!休暇で難を逃れた校長も捜索活動には加わらず校内で金庫などの貴重品を必死に探していたという!

「大川小学校の悲劇」

教師で唯一生き残った、

教諭の説明が真っ赤な嘘!

津波で児童74名犠牲!

「東日本大震災」

子どもの命より先生、

教育委員会の名誉が大事!

休暇で難を逃れた校長も

捜索活動には加わらず、

校内で金庫などの貴重品を

必死に探していたという!

学校で亡くなった児童の

ほとんどが大川小学校!

児童は41分間校庭で

待たされ、裏山に逃げず!






大川小学校の悲劇があぶり出す日本文化の光と闇 HONZ特選本『津波の霊たち 3・11 死と生の物語』 | JBpress(日本ビジネスプレス)


唯一生き残った教師の説明が真っ赤な嘘であったことが明らかに

 疑惑を大きくしたのが当日現場にいた11人の教師で唯一生き残った、遠藤純二教諭の行動だ。彼は震災3日目に今野ひとみさんに目撃されて以来、音信不通の状態であった。

家族、警察官、自衛隊からなる捜索隊に加わることも、遺族の前に出てきて当日の出来事を説明する事もなかった。

さらに震災当時、休暇を取っていたために難を逃れた校長も、捜索現場に来ることは稀で、姿を見せても捜索活動には加わらず、校内で金庫などの貴重品を必死に探していたという。

保護者たちの怒りと不信は頂点に達し、市の教育委員会が主催する説明会が開かれることに。

 二時間半に及んだ説明会は不明瞭な点が多く遺族の怒りを静めることにはならなかった。

しかし、震災以後、姿をくらましていた遠藤教諭が初めて、理論整然と当日の出来事を説明した。これで一通り当日の状況だけは明らかになった。そう考える事もできた。

だが、遠藤教諭の説明が真っ赤な嘘であった事が、その後すぐに明らかになる。遺族たちの怒りはさらに激しさを増し、何度となく教育委員会は説明会を行う。

そのたびに教育委員会の説明は二転三転する。そして遠藤教諭はPTSDという医師の診断書を盾にして公の場から再び姿を消してしまう。

全文は下記に…


東日本大震災【悲劇の大川小学校】ここにいたら死ぬよ〈児童の訴えに〉先生たちは…津波で児童74名犠牲!もし先生がいなかったら児童は死ぬことはなかった!遺族が宮城県、石巻市を提訴…市、県が控訴!ここでも学校、教育委員会、 行政の隠蔽体質! 画像で、ニュースeveryより 2014・3・10… - みんなが知るべき情報/今日の物語









大川小学校の悲劇!控訴審、津波がくる認識あった!石巻市教委元幹部ら証言!大雨や台風、津波で川が氾濫することは想定していた!危機管理マニュアル【内容確認せず】 - みんなが知るべき情報/今日の物語




石巻市、宮城県が控訴【悲劇の大川小学校】子どもの命より先生の名誉が大事!先生、裏山に逃げようと生徒は言った、しかし先生達は「子ども返して…」すすり泣きと怒号!





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大川小学校の悲劇があぶり出す日本文化の光と闇 HONZ特選本『津波の霊たち 3・11 死と生の物語』 | JBpress(日本ビジネスプレス)


大川小学校の悲劇があぶり出す日本文化の光と闇

HONZ特選本『津波の霊たち 3・11 死と生の物語』

2018.3.6(火) 

本コラムはHONZの提供記事です


HONZ - 読みたい本が、きっと見つかる!


(文:鰐部 祥平)

宮城県石巻市の大川小学校付近で11日、警察官が東日本大震災の行方不明者の捜索を行った(2013年3月11日撮影)。(c)AFP/TOSHIFUMI KITAMURA〔AFPBB News〕



津波の霊たち――3・11 死と生の物語
作者:リチャード ロイド パリー
翻訳:濱野 大道
出版社:早川書房
発売日:2018-01-24


 リチャード・ロイド・パリーの新刊である。そう聞いただけでピンときた人はよほどのノンフィクション好きか、あるいはHONZファンであろうか。英《ザ・タイムズ》誌アジア編集長、東京支局長でもある著者は前作『黒い迷宮』で2000年におきた英国人女性ルーシー・ブラックマンさん殺害事件を追い、日本の歓楽街の闇の一面を見事に描き出した。HONZでも話題騒然となり内藤編集長が著者インタビューを敢行している。

 そんな彼が今回題材に選んだのが東日本大震災。それも釜谷地区という小さな集落でおきていた、ある「悲劇」に焦点を当てながら、日本にとって戦後最大の危機であった、あの災害を丹念に取材し描き出していく。

 東日本大震災では様々な出来事が極めて複層的に起きているため、震災直後から現場に急行し、現地に留まりながら取材を重ねている著者は、常に焦点が定まらないような感覚に襲われていたという。そんなとき、宮城県石巻市にある釜谷地区の大川という小学校で震災の中でも、とりわけ悲惨な事件が起きていたことを知る。

【学校で亡くなった児童のほとんどが大川小学校】

 釜谷にある大川小学校には当時108人の生徒が在籍していた。学校のすぐ側を流れる北最上川を逆流するかたちで津波が襲来したときに、学校にいた児童は78人、教員が11人。

うち74人の児童と10人の教員が津波にのまれて死亡するという事件が起きたのだ。東日本大震災では多くの子供たちが犠牲になっているが、学校の管轄下に置かれた状況で死亡した児童の数は75人。つまり、学校で亡くなった児童のほとんどが、この大川小学校の児童という事だ。

 海から離れていた大川小学校に津波が押し寄せたのは地震発生から1時間近くたってから。しかも校舎の裏には、低学年の生徒でも上ることが可能な緩やかな勾配の小高い裏山がある。

地震発生後、しばらくしてから広報車などが津波の襲来を告げてまわっていたので、十分に非難する事が可能な状況であった。それにもかかわらず、いったいなぜ、このような悲劇は起きたのか。

大川小学校では何が起きていたのか。著者は犠牲になった児童の家族らと親交を深めながら、悲劇の全貌を解明して行く。

 紫桃(しとう)さよみさん、今野ひとみさん、平塚なおみさん、物語はこの3人の母親を中心に進んでいく。3人とも大川小学校に通う子供たちの親だ。彼女たちが安否のわからない子供たちを待ち続ける焦燥感と、生徒たちのほとんどが津波に飲まれ、生存が絶望視された際の苦しみは、読んでいて辛くなる記述の連続だ。

特に遺体がなかなか見つからないために、子供たちの死と折り合いが付けられず、苦しむ家族の葛藤は読んでいて胸がえぐられるようだ。

娘をさよみさんは丹念にタオルで拭う。泥は口にも、鼻にも入り込んでいた。持っていたタオルでは体を拭いきれず、さよみさんは自らの服でさらに娘の体を拭う。眼に入り込んだ泥を拭おうとしたときには、拭くものがなくなっていた。水もないので、彼女は舌で舐めて眼の泥を洗い落としたという。しかし眼の泥は掻き出しても掻き出してもとめどなく出てきた。

 今野ひとみさんはほぼ同じ時期に、息子の大輔君を筆頭に5人の家族遺体と面会する。夫以外の全ての家族を失ったのだ。大輔君の遺体は血の涙を流していたという。生き残った児童から、息子の大輔が、津波が来るので早く山に逃げよう、と教師達に提案していた事を知る。

しかし、教師たちは大輔君を叱り飛ばしていたというのだ。なぜこん事になったのか。ほかの遺族たちも疑問を持ち始める。他の学校でほとんど死者が出ていないのに、なぜ大川小学校だけがこんな惨状に陥ったのか。

【説明が真っ赤な嘘であったことが明らかに】

 疑惑を大きくしたのが当日現場にいた11人の教師で唯一生き残った、遠藤純二教諭の行動だ。彼は震災3日目に今野ひとみさんに目撃されて以来、音信不通の状態であった。家族、警察官、自衛隊からなる捜索隊に加わることも、遺族の前に出てきて当日の出来事を説明する事もなかった。

さらに震災当時、休暇を取っていたために難を逃れた校長も、捜索現場に来ることは稀で、姿を見せても捜索活動には加わらず、校内で金庫などの貴重品を必死に探していたという。保護者たちの怒りと不信は頂点に達し、市の教育委員会が主催する説明会が開かれることに。

 二時間半に及んだ説明会は不明瞭な点が多く遺族の怒りを静めることにはならなかった。しかし、震災以後、姿をくらましていた遠藤教諭が初めて、理論整然と当日の出来事を説明した。これで一通り当日の状況だけは明らかになった。そう考える事もできた。

だが、遠藤教諭の説明が真っ赤な嘘であった事が、その後すぐに明らかになる。遺族たちの怒りはさらに激しさを増し、何度となく教育委員会は説明会を行う。そのたびに教育委員会の説明は二転三転する。そして遠藤教諭はPTSDという医師の診断書を盾にして公の場から再び姿を消してしまう。

 教育委員会に対する怒りの追求が続く中、次第に遺族の間に対立が発生する。日本社会、特に東北地方に根強く残る、目立つ行動は控え、苦しい時も声高に感情や不平を叫ぶ事をよしとしない風潮が、遺族たちの行動に影を落とす。

紫桃さよみさんら、福地地区の遺族の多くは津波の被害を一切受けておらず、子供の内の何人かを亡くしただけで、他の家族や財産は無傷である。彼女のような恵まれた状況の人たちが声高に行政を非難する事に、嫌悪感をあらわにする遺族たちも出てくる。

平塚なおみさんは自身も教師であるという立場と、娘の遺体がいつまでも見つからず、その死と向き合うことができないという精神状態のために「福地のひとたち」に対する不信感と怒りを募らせる。その他にも被災者同士で復興のあり方などで多くの対立があったことを著者は丹念に取材していく。

著者は組織と個人の責任を回避する事で汲々とし、不誠実な対応を取り続けた、教育委員会のメンバーを痛烈に批判しつつも、彼らの別の一面にもは光を当てる。彼らは自分たちも被災しながら、津波が引いた直後から危険を顧みず管轄内の学校に急行し、情報収集を行い、必要な支持を学校側に伝達していたのだ。

職員の多くが財産や家族を失いながらも休日返上、24時間体勢で業務に当たっていた。もし、大川小学校の悲劇と、その責任を逃れるための嘘がなければ、彼らは英雄と言っていい働きをしていたのも確かなのだ。これも未曾有の災害の中で人々が見せる複層的な出来事の断片であろう。

 さらに本書では、この大川小学校の事件意外にもう一つの視点軸がある。それは震災以後、被災地各地で頻発する幽霊の目撃談だ。といっても、本書は真面目なノンフィクションでありオカルト物ではない。心霊現象の中心人物である僧侶で祈祷師の金田住職は、幽霊の目撃者は幽霊を見ているのではないと、はっきりと断言する。

幽霊の目撃者たちはトラウマを抱えているのだ。幽霊のも目撃談は多くが家庭内のトラブルが原因なのだと説明する。著者はこの視点から我慢を美徳とし必要以上に声を上げることをよしとしない日本の文化が生み出す光と闇にも焦点をあてる。

そして、過剰な忍耐と我慢の精神が、やがて政治的な去勢へと繋がっていくのではないか、実はそれこそが、日本の抱える閉塞感の正体の一断片ではないかと考察していくのである。


東日本大震災【宮城県石巻、仙台空港の地下に幽霊】東日本大震災で、被害甚大だった仙台空港の地下。幼稚園の保育士さんに、聞いた話です。見学で仙台空港に行った、2012年も春。子供たちが、、【黒い着物と、白い着物を着た人が、いっぱいいる、と】付き添う父兄たちも、口々に。成仏出来ない人たちか!?亡くなった事が、まだ、分からない人たちか!?

被災地・石巻、タクシーに乗る幽霊『呼び覚まされる霊性の震災学 ─3・11生と死のはざまで!恐怖感でなく大切な思い出…死者たちが通う街~/タクシードライバーの幽霊現象!を書いたのは工藤優花さん(22)、石巻市で何人ものタクシー運転手に聞き取りをし、震災の犠牲者だったのではと思われる客を乗せ、会話もした…といった複数の体験談に接した。
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福島津波地震試算、2002年公表見送る!旧保安院、東電の反発で!原発事故と津波犠牲者を拡大させた大犯罪!東北の太平洋岸ではどこでも大津波が起こる危険…の評価を! - みんなが知るべき情報/今日の物語


福島原発、地震で配管がムチャクチャ!津波が来る前に作業員は逃げはじめていた!決定的証言、 プロメテウスの罠!/震度6で日本の原発が破壊される!と言うことは一般の日本人には信じられないでしょう!武田邦彦/日本は地震国ですから10年で平均的に震度6以上の地震 が13回来ています。震度 6で破壊される原発が建設されてい るというのは、日本の原発は地震で壊れることが、前提になっているという驚くべき事に なっているのです。

福島原発事故で、国と東電の責任を認める判決!あらためて言う、福島原発事故の主犯は安倍晋三だ!原発事故前に【全電源喪失はありえない】と地震対策を拒否!刑事責任、犯罪行為だ!さらに、読売、産経を使って、菅直人元首相や民主党政権の対応のまずさを次々に報道させ、完全に原発事故は菅政権のせいという世論をつくりだした!福島地裁、国が津波のシミュレーションを実施していれば、原発の敷地を越える津波を予測することは可能だった!と指摘… - みんなが知るべき情報/今日の物語





フクイチで新たな恐怖!核燃デブリ「地底臨界」危機進行中!東日本どころか地球規模の超巨大原子力災害に突き進む! 核燃デブリが地中へ抜け落ちていく? 100t超といわれる大量のデブリ塊はどこへ行ったのか?そして膨大な崩壊熱で水蒸気爆発が繰り返され、新たに生まれた放射性物質が地上へまき散らされる…。質量がケタ外れに多い福島第一原発のデブリが「地底臨界」すれば、東日本どころか地球規模の超巨大原子力災害に突き進む!海外の研究者や政府関係者が不安視、苛立つ最悪の「地底臨界」危機進行中…!どう見ても、どう考えても大変なことになっている福島第一原発




福島原発事故、作業員800人死去!自民党・高市の原発事故による死亡者は出てないは大ウソ!東北大学医学部附属病院が緘口令!惨状に堪えられない医師や看護師らから外部に次第に洩れ!


サンドウィッチマン募った義援金4億超!知事も感謝!宮城は不登校が1位になっている!震災孤児のためにも、しっかり使ってほしい!子供たちの成長は、まだまだこれからですから… 東日本大震災により、仮設住宅での生活が長引いたり…大津波により学校が被災し他校と統合されたり、友達や先生が亡くなってしまったり、未だ行方不明だったりと、考えられない程の経験をした子供達! - みんなが知るべき情報/今日の物語



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[ 2018年03月09日 01:06 ] カテゴリ:東日本大震災 | TB(0) | CM(0)

サンドウィッチマン募った義援金4億超!知事も感謝!宮城は不登校が1位になっている!震災孤児のためにも、しっかり使ってほしい!子供たちの成長は、まだまだこれからですから… 仮設住宅での生活が 長引いたり …大津波により学校が被災し他校と統合されたり、友達や先生が亡くなって

サンドウィッチマン募った

義援金4億超!知事も感謝!

宮城は不登校が

1位になっている!

震災孤児のためにも、

しっかり使ってほしい!

子供たちの成長は、

まだまだこれからですから…


東日本大震災により、

仮設住宅での生活が

長引いたり

…大津波により学校が

被災し他校と統合されたり、

友達や先生が亡くなって

しまったり、

未だ行方不明だったりと、

考えられない程の

経験をした子供達!




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サンドウィッチマン募った義援金4億超 知事も感謝 - 芸能 : 日刊スポーツ


サンドウィッチマンが2日、宮城県庁で東日本大震災「東北魂義援金」に寄せられた948万5255円を村井嘉浩宮城県知事(57)に届けた。11年3月11日の震災直後の同3月16日に開設した「東北魂-」を通じて届けた義援金総額は4億1113万3545円になった。

 仙台出身の伊達みきお(43)富沢たけし(43)は、震災当日に宮城・気仙沼で番組ロケ中に被災、急いで避難して津波の被害から逃れた。伊達は「まもなく丸7年になりますが、義援金を振り込んでくれたり、チャリティーグッズを買ってくれた全国の人の思いを、しっかり持ってきました。

日本全国でライブをしていると募金箱を持って握手会に並んでくれる人もいる。宮城は不登校が1位になっていますが、震災の影響もあるのかもしれない。そういうケアもしていきたい」。

富沢は「震災孤児のためにも、しっかり使ってほしい。子供たちの成長は、まだまだこれからですから」と言いながら「悪いことに使わないでくださいよ」とボケた。

 村井知事は「サンドウィッチマンさんのおかげで宮城には、これまで1億4000万円以上の義援金をいただいた。これだけ長い間、義援金を募ってくれているのに感謝します。

2人が活躍してくれることを、宮城県民は応援しています。義援金は被災者や子供たちのために使わせていただきます」と話した。


ご報告☆ | サンドウィッチマン 伊達みきおオフィシャルブログ「もういいぜ!」 by Ameba


本日、宮城県庁へ。
2018-03-02 08:19:35

ご報告☆

2011年3月16日に我々が設立した『東北魂義援金』に賛同頂き、集まった金額…948万5255円を宮城県の村井知事へ届けさせて頂きました。

ご協力頂いた皆様の、継続して被災地を考えて下さっている気持ちが心から嬉しく思っております。
ありがとうございます。

宮城県には、震災遺児・震災孤児となった子供が1000人以上います。

今後、彼等が安定した生活が送れる様、また、希望する進路選択が実現出来る様に、東北魂義援金は使われます。

また、宮城県は子供達の『不登校』率が全国1位となっている様です。

東日本大震災により、仮設住宅での生活が長引いたり…大津波により学校が被災し他校と統合されたり、友達や先生が亡くなってしまったり未だ行方不明だったりと、考えられない程の経験をした子供達。

勿論、不登校の理由が全て震災の事ではないですが。

特に海沿いに住んでいた子供達は、忘れたくとも忘れられない情景を見ています。

今になって、フラッシュバックして突然泣き出したり…台風で川が
氾濫した映像をテレビで見て思い出してしまい震えてしまう子供達も実際にいると聞きました。

そうした子供達のケアがこれから大事になってくるんですね。
『みやぎ子どもの心ケアハウス』という施設や教室があり、出来る限りのサポートをしている様です。

震災遺児・震災孤児となった子供達の事は勿論…今後、東北魂義援金ではこうした子供達のケアにも使って頂こうとも考えております。

我々は、 被災地・宮城県出身の芸人として、これからも寄り添った活動を続けていきたいと考えております。

いつも、多大なるご協力を頂きありがとうございます。
これからも宜しくお願い致します。

サンドウィッチマン
伊達みきお

これまで、東北魂義援金により被災地へ届けさせて頂いた金額は『4億1千113万3545円』 となりました。
ありがとうございます。
※2018年3月現在

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[ 2018年03月02日 19:51 ] カテゴリ:東日本大震災 | TB(0) | CM(0)
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